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名古屋高等裁判所 昭和47年(行コ)17号 判決 1973年8月29日

控訴人 神田一三

被控訴人 国

訴訟代理人 服部勝彦 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「(一)原判決を取消す。(二)被控訴人は控訴人に対し、金一一七万三、一〇〇円およびこれに対する昭和四六年一一月二七日より右支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。(三)控訴人は被控訴人に対し、原判決添付別紙目録(一)記載の不動産の同目録記載の贈与につき、贈与税として金四八八万二、四〇〇円の支払義務のないことを確認する。(四)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに右(二)につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決および仮執行宣言のなされる場合は担保を条件とする執行免脱の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決二枚目表六行目中「不動産」とある次に「(以下本件不動産という)」を加え、同五枚目表二行目中「目録」の次に「(一)」を加え、同八枚目裏六行目および同九枚目裏三行目から四行目にかけて「名古屋税務署長」とあるのを、いずれも「名古屋中税務署長」に訂正し、同八枚目裏七行目中「別紙目録」とある次に「(一)」を加え、同九枚目表九行目中および同丁裏四行目中「別紙目録」とある次にそれぞれ「(一)記載の」を加え、同丁裏六行目中および同一〇枚目裏七行目中「別紙目録」とある次にそれぞれ「(一)」を加え、同一一枚目表二行目中「別紙」とある次に「各」を加える。)。

(控訴人の主張)

(一)  控訴人の本件贈与税の申告行為は、いわゆる心裡留保によるものであり、かつ右意思表示の相手方である名古屋中税務署長は控訴人の右真意を知つていたか、または知ることができたはずであるから、右申告は無効である。

(二)  仮りに右主張が認められないとしても、名古屋中税務署長は、すでに述べたとおり、更正の請求期間経過後においても、実体的課税要件の充足の有無を検討した結果その欠缺を理由として、控訴人がさきに納税申告した相続税についてはその全額を取消し、本件贈与税についてはその一部減額の更正決定をした事実があるのであるから、今さら被控訴人において、更正の請求期間経過後は該請求は許されないとの形式的理由を主張することは、右従来の取扱いにかんがみ信義則ないし禁反言の原則に反するものというべきであり許されない。

(被控訴人の主張)

(一)  贈与税の納税申告行為は、実体法上既に成立している租税債務について納税者みずからが課税要件事実を確認して、これを一定の方式により税務官庁に通知する私人の公法行為であつて、

租税法はこれに納税義務の確定という公法上の効果を付与しているのである。したがつて、かかる納税申告行為については、民法の意思表示に関する規定がそのまま適用されるものではなく、まして控訴人は贈与税の申告書の記載内容に過誤があることを知りつつ納税申告をしたと主張しているのであつて、かかる場合にまで法律上認められた更正の請求以外の方法による申告是正を許さなければならない根拠はとうてい見出し難い。

(二)  名古屋中税務署長が控訴人主張のように昭和四五年七月一〇日付で相続税更正処分および同日付で贈与税更正処分をしたことは、本件についてなんら信義則あるいは禁反言の法理違背を論ずる根拠になりえない。

(証拠関係)<省略>

理由

一、控訴人が昭和四四年三月一五日、名古屋中税務署長に対し、納付税額金一、二八二万〇、七〇〇円の贈与税申告書を提出したこと、その後控訴人は右申告に計算誤りのあることを発見し、右税務署長に対し昭和四五年六月二二日付嘆願書を提出したところ、右贈与税は金四八八万二、四〇〇円に減額更正されたことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によると、控訴人は原判決添付別紙各目録に記載されている各不動産に関して右贈与税の申告をしたものであることが認められる。

二、ところで控訴人は、右不動産の一部である本件不動産について、大島寿賀子、鵜飼多計子および大島修の三名から控訴人に対し贈与を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産は元来控訴人所有のものであるから右移転登記がなされているからといつて、贈与税を支払う義務はないとして、るる右不動産が自己の所有であるゆえんを主張するのである。

そこでまずこの点につき判断するに、すでに本件のごとく納税義務者において納税の申告行為を完了している場合においては、たとえ実体法上の課税要件事実が存在していなかつたとしても、そのことだけで直ちに納税義務を否定することはできないものというべきである。けだし、およそ申告納税の制度は納税義務者が、みずから課税標準等又は税額等の基礎となる課税要件事実を確認した上これを税務官庁に通知することにより、その申告にかかる納税義務の実現をはかるものであって、右申告行為によつて納税義務者の具体的な租税債務が確定するのであり、しかもこのように一且申告によつて納税義務が確定した以上、法定の手続に則つた更正の請求により是正されるほかはこれを変更することはできないものとすることが、納税義務者の利益の保護をはかるとともに租税債権債務関係の不確定によつて惹起される租税行政の混乱を避け、その円滑な運営を保つゆえんと考えられるからである。

そこで翻つて本件につき定められている納税申告の是正の手続についてみるに、贈与税について課税標準等又は税額等を過大に申告した場合においては、国税通則法(昭和三七年法律第六六号、ただし昭和四五年法律第八号による改正以前のもの)第二三条第一項の規定により、当該贈与税の法定申告期限から一月以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正の請求ができるものとされており、さらに相続税法第三二条の規定により、同条各号に該当する事由により贈与税の申告にかかる課税価格および贈与税額が過大となつたときは、右事由が生じたことは知つた日の翌日から四月以内に限り、右と同様の更正の請求をすることができることが認められているので、控訴人としては、右法定の手続にしたがい、さきになした納税申告にかかる課税標準等又は税額等につき右所定の申立期間内に税務官庁に対し更正の請求をすることができたはずである。

しかるに、控訴人が右納税申告について叙上の更正の請求の手続をとらなかつたことは<証拠省略>および弁論の全趣旨によつて明らかであるから、控訴人が納付すべき昭和四三年分の贈与税額は適法に同人の申告どおり金四八八万二、四〇〇円(ただし、当初の課税額につき後に減額更正された額)と確定しているものというべきであり、そうだとするならば、もはや控訴人は本件不動産の贈与を受けたことがないという実体法上の課税要件事実の欠缺を理由として右納税義務の不存在の主張をすることは許されなくなつたものというべきである。

三、つぎに、控訴人は本件贈与税の申告行為は心裡留保によるものである旨主張するので審按するに、およそ贈与税の申告行為の内容とその効果については前段において説示したとおりであるが、その法的性質は、いわゆる私人の公法行為であつて、法律は、これに具体的な納税義務の確定という公法上の効果を付与しこれを是正するには前示のとおり更正請求の方法を認めているものであるから、そもそもかかる私人の公法行為について民法の意思表示に関する規定がそのまま適用されるものとは解されないのであるが、その点はさておき、本件においては、<証拠省略>によると、控訴人は昭和四四年三月一五日名古屋中税務署長に対し本件贈与税の申告をなすにあたり、「申述書」と題する書面(甲第八号証)をあわせて提出していることが認められるところ、その前文には「本日別紙の通り贈与税の申告書及び譲渡に関する明細書を提出しますが、贈与を受けたとして申告する財産のうち、下記については本来私に所有権があるものにつき、後日立証し、贈与財産から除外して頂くよう、更めて手続きをしたいと思いますので、その際には何卒よろしくお取計いを下いますようお願いいたします。」旨記載されており、「右文言ならびに同書面記載の内容をつぶさに検討すると、右は控訴人は本件不動産についてはその所有名義人から控訴人に対し贈与の登記がなされているので、贈与税の法定申告期限には、とも角その事実に基づいてその申告をなすものであるが、右物件は実質上控訴人の所有に属するものであり、したがつて実体法上その権利関係に変動はないから、後日その事実を明らかにして更正の請求をして、右贈与税の取消を求める意思のあることをあらかじめ表明している趣旨のものであることが明らかであり、そうとすれば右贈与税の申告それ自体は控訴人の真意にそつてなされたものであり、ただ控訴人は後に更正の請求をする意思であつたことを窮うに足りるものである。してみれば控訴人の右主張は理由がなく採用できない。

四、さらに控訴人は、名古屋中税務署長は、さきに法定の更正の請求期間経過後においても控訴人の請求を容れ、本件不動産について申告した相続税の全額を取消し、また贈与税の一部減額の更正決定をした事実があるのであるから、今さら被控訴人が更正の請求期間経過後は該請求は許されないとの形式的理由を主張することは信義則ないし禁反言の原則に反し許されない旨主張するので検討するに、名古屋中税務署長において控訴人主張のように法定の更正の請求期間経過後になされた本件不動産に関する相続税の更正の請求についてその全額を取消したことは被控訴人の明らかに争わないところであり、また同税務署長が贈与税の更正の請求について一部減額の更正決定をしたことは被控訴人の認めるところであるが、本来法定の更正の請求期間経過後になされた更正の請求はもはや税法上許容する余地のないものであることは前段説示のとおりであるから、たとえ、たまたま前叙のごとく名古屋中税務署長においてこれに反する取扱いをした事実があつたとしても、その故に税務官庁が法律の規定に従つてなすべき本来の税務処理の方法を変更しなければならない理由は全くないのであるから、これと観点をひとしくする被控訴人の主張はなんら信義則ないし禁反言の原則に反するものということはできない。

五、してみれば、控訴人はもはや実体法上の課税要件事実の欠缺を理由として、本件贈与税の納税義務の不存在を主張してその確認を求め、また既納の税額の返還を求めることはできないものというべきであるから、控訴人の本訴請求は失当として棄却さるべきである。

よつて、右と判断を同じくする原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本元夫 土井俊文 吉田宏)

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